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| 1971年、東京で輸入会社を営む父とキャリアウーマンの母との間に生まれる。性別は女。血液型はB型。家で飼っていた犬の方が偉かったみたい。でもたまにオヤツを取られて泣いたりしていたらしい…。
幼少は、新宿厚生年金会館付近の喫茶店を経営している大叔母の家で過ごすことが多かったらしい。←現在の喫茶店好きはコレが原因か? 場所が場所だけにスカウトをされたことがあったらしいが、不合格となる。わはは…。この頃から、ナゼか茶道を習わせられた。ちなみに表千家…。 幼稚園時代にファーストキスを経験。うーん、マセている…。幼稚園は無事卒園。この頃は食の細いコだったようだ(が、今は違う)。 小学校在学中に両親が離婚。ごく当たり前のように受け止めていたけど、世間では案外当たり前ではなかったようだ。また、飼い犬が死んでしまったコトにショックを受ける。しかし懲りずに犬をもらってきて飼い始める…。そのころ日本舞踊を習いはじめる。 中学校はあんまり通わなかった。卒業はしたけど。三者面談の時に、担任の先生がとても心配してくれたのが印象的だった。「高校は一応受験するけど、受からなかったら芸者になります。」と本気で言ったのに冗談だと思われていたらしい…。この頃から「高円寺阿波おどり」に参加。 1987年、高校進学(してしまった)。芸者になっても良かったかなぁ〜、なんて思うこともたまにあったけど、なかなか楽しかった。一風変わった学校だったし、クラスメイトも個性的な人がそろっていて楽しめたな…。 1990年、高校卒業後、就職。でもなぜか一年後に大学進学してしまった。ので、退職…。その後4年間呑気な学生生活を送る。この頃茶道の師匠が亡くなり、その後習っていない。初めて一人暮らしをしたのはこの頃。都内の大学だったし、一人暮らしの必要はなかったはずだったのだが…。卒業と同時に教員免許取得。 就職活動をするのがイヤで、ダラダラと毎日を送っていたところ、大学の恩師から「大学内で働かないか?」との誘いがあり、二つ返事で就職を決める。が、一年契約だったのでその間に就職先を探せ、という意味だったらしい…。 大学の就職課で「学校教員募集」の張り紙を発見し、早速アクセスしたところ、あっさりと採用が決まったため、再就職。専任教員として2年間働いたが、朝日新聞の求人欄で現在の仕事を見つけ、転職。 2000年6月。知らない病院から連絡があり、20年ほど音信不通だった父と再会した。その後一週間ほどで父が他界。死亡届の出し方やら埋葬手続きやら、何も知らなかったのでまいりました。お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。それにしても、遠くの親戚より近くの他人ってのは本当だな…。 そう、20世紀最後の年ってコトで、母校の学園祭でのサークルのライブに久しぶりの出演をしてまいりました。ホント、久々にスタジオ練習なんかしたわけなんですが、やっぱり楽しいですね、みんなで音楽をやるっちゅーのは。今回集まってくれたメンバーの内、最年長は36才のカッコイイお兄さんドラマー、そして若手ナンバーワンは18才のギタリストってなカンジでした。ワタシを含め、総勢6人。練習は3回で、しかも全員での練習回数は、結局1回のみでした…。今度はもっと練習しなきゃですわ…。 2001年6月25日。仲良しのお友達が亡くなった。なんてゆーか、本当に「死」ってものについて考えてしまいました。その前後はバタバタしてて、それどころじゃなかったけど、今だから逆に落ち着いて考えられるっていうカンジ…。大学のサークルで知り合った人で、その結婚相手までサークル内で見つけてしまったという彼でしたが、亡くなる直前まで献身的に介護に専念していた奥さん(こっちも仲良しなんだけどね)の姿も印象的だったな。 2001年10月。初めて「家」が引っ越しをした。今まで一人暮らしで引っ越しした経験はあったけど、長年住んでた家が別の場所に移動するってコトは初めてだったのよね。それにしても、ホントに色んなモノが出てきたよ…。高校の授業中に友達同士でやりとりしてたメモみたいな手紙とか、そんなものまで出てきて、懐かしいなぁ〜、なんて思ったりした。 引っ越しで忙しい!って言ってるにもかかわらず、今回も母校の学祭に出演…。あぁ、やはりお祭り好きなのだと我ながら実感。ま、何て言うか「11月の恒例行事」ってコトにしておこうかな。そんなこんなで「お祭りバンド(サイケデリック☆フルーツ)」は無事2回目のライブを終えたのでした(つまり年1回しか活動してないのよね…)。 12月はやはりシーズンだけあって忘年会に次ぐ忘年会。よくもまぁ、あれだけ大量のアルコールを消費できるモノだと改めて感動(?)。本当に良く頑張ってくれました、肝臓君。そんな中、以前にお付き合いをしていた男のコ(?)と偶然に再会!そして当然のように(酒を)飲みましたが、彼はもう結婚しているし今更「焼け木杭に…」なんてコトは全くなかったのですが、昔からの仲間みたいな雰囲気で飲めたのは嬉しかったなぁ。 2002年2月。ホントに「二月は逃げる」の言葉通り、バタバタと慌ただしく毎日が過ぎてゆきます。冬季オリンピックの審判不正疑惑(?)もあり、米国大統領の日本訪問もあり、個人的なことだけでなく社会的な事柄さえも慌ただしいなぁ、などと考えたりして…。 3月に突入!と同時にママのお誕生日。そして相変わらずルーチンな作業に没頭している間に時間だけは過ぎ去ってゆくのだわぁ…。などとセンチメンタルになるほどではないけど、さすがに年度末。毎日のように、今まで溜めに溜めていた仕事がてんこ盛りなのよね〜。そういえば、つい先日(2月28日)バンドの新年会(?!)を敢行いたしました。何だか、年齢なんかてんでバラバラなのに、妙な連帯感のようなモノが存在していて面白かったカモ…。 |
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